きまぐれハチログ

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ジェンダーがテーマの演劇を観に行ったら、一人称で「わたし」が言えなかったことを思い出した。

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演劇を観に行った。

大人になってから演劇を観に行くことがなかったから新鮮だった。

 

高校の時に演劇部を兼部していた先輩と同じ部活に入っていて、演劇部の方の人数が足りないからと裏方の手伝いを頼まれた。

最初はスポットライト。たまにやる人がいない時は調光のときもあった。

入部はしなかったけど練習にはだいぶ参加したし役割をもらえてたことが嬉しくてそれなりの長さをそこにいた。

演劇に触れてたのはその時期くらい。

日々の部の練習と、大会で他校の発表を観た。

 

そこから、あれ、え、もう10年以上経ってるのか。

10年以上ぶりの演劇。

記憶のよりも空間が狭くて、ステージまでの距離が近くて、音と光と演技の表現に夢中になれた。

普段あまり集中力がもたないのに最初から最後まで演劇の世界の中にいられた。

 

演劇ってすごい。

だってあのコンパクトな空間の中で、音と光と演技だけなのに世界が出来上がってる。

自然と想像力が使われる。見えないものが見える不思議。

 

 

 

今回観に行った演劇のテーマは「ジェンダー」。

社会的な役割の性。

 

生物的な性は女性であることを認識してるしそこに対して違和感はない。

これまで誰かに女性性でいることを強制されてきたことも特にない、と思う。

 

あれ、でも、そういえば、と思い出したことがある。

幼少期は記憶がないからわからないけど、小学生の頃から大学生になる頃まで一人称の「わたし」が使えなかった。

「わたし」という言葉は女の子が自分のことを指すときの言葉で、それを自分が使うということが受け入れられなかったし、すごく恥ずかしくて出来なかった。

その他にも「女の子らしいこと」が恥ずかしかった。

 

スカートを履けなかった。

ピンクという色は選べなかった。

高校の選択をするとき、偏差値と家からの距離とあと条件にしたのは制服だった。「リボンをつけなくていい制服」で探してた。

今思えばなぜそこまでそこにこだわったのか。なんで嫌だったのか。

 

 

好きな遊びはどちらかというと男の子の好みだと言われるものが多かった。

教室でふざけて取っ組み合いをしたり、木登りをしたり、サッカーをやったり。

そうやって過ごすのが好きだったけど小学3年生になった辺りから力の差が明確に出るようになって、同じじゃないんだなーって寂しくなったのは覚えてる。

 

でも別に男の子になりたかったわけじゃない。

そういう遊びに興味関心が強かっただけ。

 

料理やお菓子作りも好きだった。

親に強制されたわけじゃなくて、わたしが興味を持ったから教えてくれた。

 

 

「性別関係なしに、自分は自分。」

「女性らしさと呼ばれるもの、男性らしさと呼ばれるもの、どっちもたくさん持ってる。持ってていい。」

今はこれがすんなり入ってくるから苦しくない。

 

 

大学生になるくらいまでの「女の子」をやることに対する強い抵抗と恥ずかしさ、あれはなんだったんだろう。

何をきっかけに受け入れられるようになったんだろう。

 

それを今日の演劇を観終わってからずっと考えてる。

 

 

 

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